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東京地方裁判所 平成5年(ヨ)3402号 決定

債権者 フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役 ダニエル・アーノルド

右代理人弁護士 草野耕一

同 櫻庭信之

同 新川麻

同 清水恵

右復代理人弁護士 園田宗史

債務者 ジャン・ジョージ・ソーベートル

債務者 立野ケサ美

右両名代理人弁護士 花水征一

同 大野聖二

右復代理人弁護士 丸橋亜紀

右事件について、債権者の申立を相当と認め、債権者に、別紙担保目録記載のとおりの担保を立てさせたうえ、次のとおり決定する。

主文

一、債務者ジャン・ジョージ・ソーベートルは、日本国内において、別紙記載の製品の輸入、販売及び卸売並びにこれらに関係する業務を、自ら行い又は債務者立野ケサ美その他の第三者と共同してもしくはこれらの者をして行わせてはならない。

二、債務者立野ケサ美は、日本国内において、別紙記載の製品の輸入、販売及び卸売並びにこれらに関係する業務を、自ら行い又は債務者ジャン・ジョージ・ソーベートルその他の第三者と共同してもしくはこれらの者をして行わせてはならない。

三、申立て費用は債務者らの負担とする。

事実及び理由

第一、申立ての趣旨

主文同旨

第二、事案の概要

一、債権者は、平成二年一〇月九日設立された、フォアグラ、トリュフ等のフランス料理の原材料及びチョコレート、キャンディー、果実酒等洋菓子の原材料を含む食料品、瓶缶詰食料品の輸入・販売及び卸売等を業とする株式会社である。債務者ジャン・ジョージ・ソーベートル(以下「債務者ソーベートル」という。)は、債権者設立当初から債権者の株主であり、かつ、代表取締役社長であった。

債務者立野ケサ美(以下「債務者立野」という。)は、債権者設立当初から債権者の株主であり、かつ、代表取締役副社長であった。

二、債権者と債務者らとの間には、平成二年一〇月一一日付けの雇用契約があり、次のとおりの条項(以下「本件競業禁止合意」という。)がある。

1. 債権者が事前に書面により承諾しない限り、債務者らが債権者の取締役でなくなった日又は債務者らが債権者の株主でなくなった日のいずれか遅い日から五年間が満了するまでは、債務者らは日本における飲食物の輸入・流通・販売と関係するいかなる業務をも含む、債権者の営業と競業する業務に自ら従事してはならず、かつ直接又は間接的に債務者らが支配する会社を通じて、かかる営業を行わせてはならない。

2. 債務者らは、右雇用契約の有効期間中、終了後を問わず、債権者の営業に関する秘密及び債権者が購入・販売する製品の費用、用法、価格、又は供給者等に関する秘密を、自分のために利用してはならず、かつ、債権者以外の第三者のためにこれらを利用し又は開示してはならない。

三、債務者ソーベートルは、平成五年四月二日債権者の株式を申立外エヌ・エフ・エフ・ビー株式会社に譲渡したことに伴って、株主の地位を失い、同月二七日債権者の取締役を辞任した。

また、債務者立野は、平成五年五月末日債権者の取締役を辞任した。

四、債権者は、債務者らが債権者の営業と競業する行為をし、あるいはするおそれがあるとして、雇用契約違反を理由に主文のとおりの仮処分を求めた。

第三、主な争点と当裁判所の判断

一、本件競業禁止合意の停止条件付合意解約の成否

債務者らは、本件競業禁止合意は債務者らを永続的に債権者で雇用するための担保の目的で規定されたものであるところ、債務者らは債権者を退職したから、本件競業禁止合意は失効した、と主張する。

しかし、本件競業禁止合意が債務者らを永続的に雇用するための担保の目的で規定されたものと断定するに足りる証拠はなく、雇用契約が終了したとしても債権者の本件競業禁止合意上の権利になんらの影響も及ぼさないことが明らかである。

二、本件競業禁止合意の債務者ソーベートルの退職時における合意解約の有無

債務者らは、債務者ソーベートルの退職時における合意により同債務者と債権者との間の本件競業禁止合意が解除された、と主張する。

しかし、債務者らが債権者を退職したからといって本件競業禁止合意が当然に失効するものでないことは既に述べたとおりであり、また、債務者ソーベートルと債権者との間に本件競業禁止合意を終了させる旨の合意が成立したことを裏付けるに足りる証拠はない。

三、本件競業禁止合意の公序良俗違反の有無

債務者らは、本件競業禁止合意は禁止が広範であり、公序良俗に反すると主張する。

たしかに、本件競業禁止合意は、飲食物に関する事業について債務者らが従事することを包括的に禁止するもので、かなり広範囲な禁止条項であるが、本件記録によって認められる本件合意がされるに至った経緯(特にアータルグループが債権者の前身である旧フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン株式会社に関する買収交渉の当初からフランスの供給業者との強いコネクションを有する債務者らに競業禁止義務を課することを重要な条件としていたこと)、債務者らに対する金銭的補償の程度(債権者設立に際して、債務者ソーベートル、債務者立野、申立外アリミは、同人らが有していた債権者の前身である旧フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン〔純資産価格四〇〇〇万円弱程度〕の株式の対価としての合計二億五二五〇万円(日本国内での一億八七五〇万円と米国内での六五〇〇万円)の現金を含め、合計四億三七五〇万円の利益を得ていること、また、取締役報酬として、債務者ソーベートルは一年目には二四〇〇万円とし、その後一年ごとに三〇〇万円ないし四五〇万円ずつ報酬が上昇していくこととし、債務者立野については一年目は二七六〇万円とし、その後一年ごとに八〇万円ないし一二〇万円ずつ上昇していくこととなっていたこと)等を総合すると、本件競業禁止合意に合理性がないとはいえず、公序良俗に反するということはできない。

四、平成五年一月二二日の書面による本件競業禁止合意の一部解除の有無

債務者らは、債権者が平成五年一月二二日の書面によって本件競業禁止合意の一部を解除する旨の意思表示をした、と主張する。

しかし、本件記録によれば、右一部解除があったことの根拠として債務者らが主張する同日付けの債権者代表者アーノルドの手紙は、アーノルドと債務者らとの間の債権者を赤字から脱却させるための方策についての話し合いの過程の中での一つの提案としてなされたものにすぎず、結局債務者らが拒否したため合意に至らなかったものであることが明らかである。

五、平成五年四月二七日の会議における本件競業禁止合意の一部解除の有無

債務者らは、平成五年四月二七日のアーノルドと債務者ソーベートルとの会議において一定範囲のビジネスについては債務者らにおいて退職後に営業出来る旨の合意が成立した、と主張する。

しかし、本件記録によれば、本件競業禁止合意を含む雇用契約には、同契約の修正は当事者が署名した書面によらなければならない旨の規定があり、したがってまた、一部解除があったことの根拠として債務者らが主張する平成五年四月二七日の合意についても後刻これを書面化することにより正式の合意とすることが予定されていたものであるところ、債務者ら主張の右合意は口頭の合意にとどまり、結局書面が作成されないうちに債権者において合意を撤回する旨意思表示して今日に至っていることが認められるから、最終的に債務者主張の合意は成立しなかったといわざるを得ない。

六、債務者立野の競業禁止義務の発生の有無

債務者らは、本件合意が「債務者が債権者の取締役又は株主でなくなった日のうちのいずれか遅い日から五年間は競業を禁止する」という形式になっており、競業禁止義務が「いずれか遅い日」に初めて生じる規定となっているから、まだ株主の地位にある債務者立野については競業禁止義務を負わない、と主張する。

しかし、本件記録によれば、債権者が債務者らに競業禁止義務を課したのは、債務者らが取引先に対して有する強力なコネクションを債務者らが利用することのないようにする目的から出たものであることが明らかであり、本件合意の右の表現は競業禁止義務の終期を定めたものであり、取締役又は株主の地位を有している間も当然にその義務を負うものと解するのが相当である。

七、競業禁止の範囲

債務者らは、本件競業禁止合意は競業禁止を求める時点での債権者の営業との競業の禁止を認めるものであり、現時点での債権者の営業内容は債権者が主張するような広範囲なものではない、と主張する。

しかし、本件記録によれば、別紙記載の製品はいずれも債権者が現在取り扱っているか又は近い将来取り扱う予定の製品であることが認められる。

第四、結語

本件記録によれば、債務者らが債権者と競争関係にある営業をするときは債権者にとって大きな打撃となることは明らかである。

よって、債権者に別紙担保目録記載の担保を立てさせたうえ主文のとおり決定する。

(裁判官 石垣君雄)

〈以下省略〉

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